
目次
はじめに
「国債利回りが上がった」「長期金利が上昇した」といったニュースは日常的に聞きますが、
これらの金利変動は、特に**退職給付債務(DBO:Defined Benefit Obligation)**や
**割引現在価値(Discounted Present Value:DPV)**といった企業の会計処理に影響を与えることをご存じでしょうか。
退職給付債務は、企業が将来支払う退職金や企業年金を、
「現在の価値=現在価値」へ割り引いて計算することが義務付けられています。
この際に使われるのが「割引率」であり、実務では 長期国債利回りを基礎とする市場金利 が用いられます。
つまり、
国債利回りが変われば、退職給付債務の金額も変動する
ということです。
この記事では、
- 国債利回りと割引率の関係
- 利回りが退職給付債務に与える影響
- 金利変動時に企業が考えるべきポイント
- 割引現在価値の計算が経営判断にどう関わるか
を、分かりやすく解説します。

1. 国債利回りは何を意味しているのか
国債利回りとは、国が発行する債券の利息と価格の関係から算出される、市場が形成する金利のことです。
一般に、
国債利回り = 長期金利の基準(金利の“ものさし”)
として扱われています。
特に、10年国債利回りは、
- 金融機関の長期貸出金利
- 住宅ローン金利
- 企業の社債発行金利
- 退職給付債務の割引率
など、広い範囲に影響を与える指標です。
2. 割引現在価値とは何か──未来のお金を「今の価値」で考える
退職給付債務や投資判断では、将来の支払い・利益を現在価値へ換算する必要があります。
このとき使うのが「割引率」です。
割引率が高いほど、将来の支払いの現在価値は小さくなり、
割引率が低いほど、現在価値は大きくなります。
例(イメージ)
10年後に1,000万円の支払いが確定している場合:
- 割引率 1% → 現在価値 約904万円
- 割引率 2% → 現在価値 約820万円
- 割引率 3% → 現在価値 約744万円
つまり、理論的には、割引率が1%上がるだけで、退職給付債務は減少するということです。
この割引率の基礎とするのが、多くの場合、市場金利=国債利回りです。
3. なぜ退職給付債務の計算に国債利回りを使うのか
理由は明確で、国債利回りが 「安全で、かつ市場実勢を反映した金利」 として信頼性が高いからです。
民間の社債利回りを使う場合もあるようですが、基本は長期国債利回りがベースとされています。
4. 国債利回りが退職給付債務に与える影響
(1)利回りが下がる → 退職給付債務は増える
金利が下がると、将来の支払いを割引く力が弱くなります。
そのため、退職給付債務の現在価値が大きくなるという仕組みです。
※ 低金利時代はこの影響が大きく、多くの企業で退職給付債務が増加した時がありました。
(2)利回りが上がる → 退職給付債務は減る
逆に、金利が上昇すると割引率も上がるため、
退職給付債務の現在価値が小さくなる
という仕組みになります。
※2024〜2025年の日本では、物価上昇と日銀の政策転換により長期金利がやや上昇しており、
一部企業では退職給付債務が減少するケースが出ています。
5. 経営判断における「割引現在価値」の重要性
退職給付債務以外にも、割引現在価値(DPV)は多くの場面で使われます。
- 設備投資の採算性評価(NPV法)
- M&Aの企業価値評価(DCF法)
- リース会計における割引計算
- 長期契約の評価
- 将来キャッシュフローの現在価値換算
このとき、割引率=市場金利の基準となるのが「国債利回り」です。
金利上昇が投資判断に与える影響
割引率が上昇すると、
- 将来利益の現在価値が下がる
- NPV(正味現在価値)が小さくなる
- 投資案件の採算性が低下する
その結果、企業は投資に慎重になる傾向が強まります。
6. 国債利回り変動時に企業が意識すべきポイント
(1)退職給付債務の定期的なモニタリング
四半期ごと、少なくとも年次で見直す必要があります。
(2)金利変動シナリオでの資金繰り表の作成
変動金利の借入がある会社は特に重要です。
(3)長期設備投資の割引率の見直し
DCF評価の前提条件が変わると、意思決定が変わることがあります。
(4)財務戦略への影響
利回り上昇局面では、退職給付債務が減少する可能性もあり、また、
利回り下落局面は退職給付債務が増加する可能性があり、経営数値だけでなく、
財務上の戦略にも影響する場合があります。

まとめ
国債利回りの変動は、単に「市場の金利が動く」というだけではなく、
退職給付債務や投資判断に影響を与えます。
割引率が下がれば退職給付債務は増加し、
割引率が上がれば退職給付債務は減少する──
この仕組みは非常に重要であり、経営判断の前提となります。
金利環境の変化を正しく読むことが、資金計画の精度を高め、経営の安定につながります。
免責事項
本記事は、2025年11月時点の公表情報および日本銀行・財務省・内閣府・企業会計基準委員会の資料を参考に執筆しています。
内容は一般的な情報提供を目的としたものであり、投資・融資・経営判断の結果を保証するものではありません。
また、会計・金融に関する見解は専門家によって異なる場合があります。
最終的な判断は、最新の公式情報および専門家の助言に基づいて行ってください。
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