
目次
はじめに
会社の経営を続けていくうえで、「減価償却」という言葉は多く登場します。
決算書の損益計算書や貸借対照表を見ても、「減価償却費」や「減価償却累計額」といった項目が並びますが、実際のところその意味を正確に理解するのは難しいです。
「減価償却=設備を買ったら経費にできる仕組み」
という程度の認識では、経営判断を誤るリスクがあります。
この記事では、減価償却の基本的な仕組みから、利益とキャッシュフローの関係、そして経営判断にどう生かすべきかまでを、実務目線で整理して解説します。

減価償却とは何か──資産の“価値の減り方”を数値化する仕組み
まず、減価償却の本質を一言でいえば、
「時間の経過とともに価値が減っていく資産を、一定のルールで費用配分する仕組み」です。
たとえば、1,000万円の機械を購入して10年間使用する場合、購入した瞬間に1,000万円全額を経費として処理するわけではありません。
なぜなら、その機械は10年間にわたり会社の利益を生み出すために使われると考えるからです。
会計上は、この10年間にわたって機械の価値が徐々に減っていくと考え、その減少分を毎年の「費用」として計上します。
これが「減価償却費」です。
つまり、
- 固定資産(建物・機械装置・車両・器具備品など)を取得した際に、使用可能期間にわたって費用化していく
- 毎期の損益計算書に、費用として按分計上される
というのが減価償却の基本的な考え方です。
会計上の利益と現金のズレを生む仕組み
減価償却が経営上で重要なのは、「利益」と「キャッシュフロー」を分けて考える必要があるからです。
たとえば、機械を現金で1,000万円購入した年の決算を見てみましょう。
- 現金支出:1,000万円(支払済み)
- 減価償却費:10年耐用の場合、年間100万円ずつ費用化
このとき、損益計算書には「減価償却費100万円」しか経費として載りません。
残りの900万円分は費用ではなく、貸借対照表の「資産」として残っています。
つまり、初年度は、現金は1,000万円減ったのに減価償却費100万円のみの計上であり、利益はあまり減っていないという状態になります。
逆に、翌年以降は現金の支出がなくても、毎年100万円の減価償却費が費用として計上されます。
このように、減価償却は「費用の認識時期」と「現金の支出時期」がズレることで、利益とキャッシュフローの間にギャップを生むのです。
減価償却の経営的意味──“利益を守りつつ現金を管理する”
経営者にとって減価償却の理解は、単に会計知識の問題ではなく、資金繰り管理に直結します。
減価償却は「非資金支出費用(キャッシュアウトしない費用)」と呼ばれます。
つまり、会計上は費用として利益を圧縮しますが、現金は減らないため、資金繰りにはプラスに働くと考えられています。
この仕組みを理解しておくと、
「今期の利益は出ているが、なぜ資金が増えないのか」
あるいは
「赤字なのに現金残高は増えている」
といった現象を冷静に分析できるようになります。
特に製造業や建設業のように設備投資が多い会社では、減価償却費の金額が資金繰り表の読み方に大きな影響を与えます。
減価償却の方法と耐用年数──税務の視点から見るルール
税務上の減価償却には、いくつかの償却方法がありますが、主に以下の2つの方法があります。
- 定額法:取得価額を耐用年数で均等に配分する方法
- 定率法:初期に多く費用を計上し、年々逓減していく方法
例えば、取得価額1,000万円・耐用年数10年の場合、
- 定額法なら毎年100万円ずつ費用化
- 定率法なら初年度に大きく(例:200万円)、徐々に減っていく
税務上の具体的な耐用年数は「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」で細かく定められており、業種や資産の種類によって異なります。
たとえば、
- パソコンやプリンター:4年
- 乗用車:6年
- 木造建物:22年
- 鉄筋コンクリート建物:47年
といった具合です。(実際には、さらに構造又は用途、細目等により耐用年数は異なります)
耐用年数を短くすれば早く費用化できますが、税務上はあくまで法定耐用年数に従う必要があります。
減価償却と税金の関係──「経費になる」と「お金が残る」は別の話
よくある誤解に、「減価償却は節税になる」というものがあります。
確かに、減価償却費を計上することで利益が圧縮され、法人税等の負担は軽くなります。
しかし、減価償却はあくまで過去の支出を費用に分けて計上しているだけであり、新たにキャッシュが生まれるわけではありません。
つまり、いわゆる「税負担の繰り延べ」であり、現金収入ではないという点を明確に区別することが大切です。
この理解がないまま設備投資を繰り返すと、帳簿上の利益は減っても現金残高が追いつかず、資金ショートを起こすリスクが高まります。
経営判断としては、
「減価償却費を通じて利益がどう動くか」だけでなく、
「キャッシュがどのタイミングで出入りするか」までを見通すことが重要です。

減価償却が経営判断に与える影響──未来の投資判断と資金繰り表
減価償却を正しく理解している経営者は、
設備投資や借入計画をより戦略的に行えます。
たとえば、次のようなケースを考えてみましょう。
- 新しい生産設備を導入するとき、耐用年数・償却方法をシミュレーションし、
「費用計上」と「キャッシュアウト」のタイミングを比較する。 - 減価償却費を資金繰り表に反映させ、
将来の利益・現金残高の推移を可視化する。 - 算書上の利益だけで判断するのではなく、
「減価償却前の営業キャッシュフロー」で会社の実態をつかむことが大切です。
減価償却費は現金の支出を伴わないため、これを加味してこそ本当の資金力が見えてきます。
このように、減価償却は単なる会計処理ではなく、
「経営の未来を見通すための指標」として活用できるのです。
経営者が今すぐ実践できる3つのチェックポイント
- 減価償却費を“見えない経費”として軽視しない
現金の支出を伴わずに利益を減らせるため、結果的に手元にお金を残しやすくなります。たとえば、今年100万円の機械を購入し、5年で減価償却するとします。 会計上は、毎年20万円ずつを「減価償却費」として経費にできますが、実際の現金支出は購入時の100万円だけです。 つまり、2年目以降はお金を使っていないのに、帳簿上は毎年20万円分の費用を計上できます。その結果、利益は減る(=税金が軽くなる)一方で、現金は減らないため、手元資金が残りやすくなるというわけです。 - 設備投資を行う際は、減価償却スケジュールを資金計画に組み込む
耐用年数・償却方法・残存価額を把握しておくことが基本です。 たとえば、1,000万円の機械を購入し、耐用年数10年・定額法で償却する場合、毎年100万円の減価償却費が発生します。 しかし、実際の現金支出は購入時の1,000万円一括です。 そのため、初年度に大きく現金が減る一方で、帳簿上は10年にわたって少しずつ費用化されるというズレが生じます。 このズレを正しく見込んでおかないと、 「利益は出ているのにお金が足りない」 「償却が終わる前に次の設備更新資金が準備できない」 といった事態につながります。 したがって、設備投資を決める際には、減価償却のスケジュールを資金繰り表に反映し、キャッシュアウトの時期と費用計上の時期を両方確認しておくことが重要です。 - 利益とキャッシュの関係を月次で把握する
損益計算書だけでなく、資金繰り表を併せて確認することで経営判断の精度が高まります。具体的には、次の3つのステップで確認すると効果的です。
【ステップ①】損益計算書で「利益の構造」を確認する
例えば、月次損益計算書で次の3つを確認します。
・売上総利益(=粗利)が安定しているか
・経費(特に人件費・地代家賃・減価償却費)の推移
・営業利益と経常利益の差
ここでの目的は、「帳簿上の利益」がどのように生まれているかを把握することです。
ただし、利益はあくまで会計上の指標であり、現金の動きとは一致しません。
【ステップ②】資金繰り表で「現金の増減」を確認する
次に、資金繰り表で実際の現金残高の変動を見ます。
例えば、
今月の利益が100万円出ているのに、現金残高が50万円減っている場合→ 売掛金がまだ入金されていない、または借入金返済や設備投資などの支出がある可能性
逆に、利益が出ていなくても現金が増えている場合→ 減価償却費や借入金による入金が要因
このように、「利益」と「現金の動き」の違いを月次で把握することが、資金ショートを防ぐ第一歩です。
【ステップ③】差異の原因を整理し、翌月以降の資金見通しに反映する
最後に、損益計算書と資金繰り表のズレの原因を整理します。
例えば、次のように項目別に仕訳しておくと便利です。
差異の要因 | 具体例 | 対応策 |
---|---|---|
売上の未入金 | 売掛金の増加 | 回収サイト短縮・入金管理の徹底 |
設備投資 | 現金一括支出 | 減価償却スケジュールを資金繰りに反映 |
借入金返済 | 元金返済で現金減少 | 借換・リスケジュール検討 |
減価償却費 | 現金支出なし | キャッシュの余力として把握 |
このように毎月、「利益の増減」と「現金残高の変動理由」をセットで確認する習慣をつけると、単なる数字の羅列ではなく、**経営の動きそのものを“見える化”**できます。
💡補足:実務でのチェック頻度
・理想は「毎月」ですが、最低でも四半期ごとに確認
・エクセルや会計ソフトの資金繰り機能を使い、期首現金+差引収支=期末現金となるのかを毎回チェック
このように、「利益」と「キャッシュ」を別々に見るのではなく、両者をつなぐ“資金繰り表”を経営判断の軸にすることがポイントです。

まとめ
減価償却とは、単なる会計処理ではなく、会社の資産の寿命を管理し、利益と資金のバランスを見極めるための仕組みでもあります。
利益とキャッシュのズレを理解することで、決算書をより正確に読み解けるようになります。
そして、このズレを「見える化」できる経営者こそ、資金繰りの安定と投資判断の精度を高めることができます。
免責事項
本記事は、2025年10月時点の法令および会計基準に基づき、一般的な情報提供を目的として作成したものです。
内容は企業の業種・会計方針・税務処理方法等により異なる場合があります。
実際の会計処理・税務判断を行う際は、必ず顧問税理士や専門家にご相談のうえでご対応ください。