
目次
はじめに
2024年3月、日本銀行はおよそ8年ぶりに「マイナス金利政策」を解除しました。
これは長らく続いた超低金利時代に一区切りをつける決定であり、経済・金融の両面で大きな転換点となりました。
ニュースでは「金利が上がる」と報じられていますが、実際に私たちの生活や会社経営には、どのような影響があるのでしょうか。
本記事では、マイナス金利の仕組みから解除の意味、そして今後の資金繰りや経営判断への影響までを、実務的な視点でわかりやすく整理します。

マイナス金利政策とは何だったのか
1. 「マイナス金利」は銀行間の話
「マイナス金利」と聞くと、預金の利息がマイナスになると思われがちですが、実際にはそうではありません。
日銀が導入していたのは、「金融機関が日銀に預けている一部の当座預金に対して、マイナスの利息を課す」という制度です。
つまり、金融機関が日銀にお金を預けると“日銀に利息を支払う”仕組みでした。
目的は、金融機関にお金を“貯めさせず”、企業や個人への投資や貸出しに回させること。
これにより景気を刺激し、物価上昇(インフレ)を促そうとしたといわれています。
2. 低金利時代の恩恵と副作用
この低金利政策によって、住宅ローンや企業融資の金利は歴史的な低水準になりました。
資金調達コストが下がり、企業にとっては投資や設備導入の追い風となりました。
一方で、副作用も無視できません。
金融機関の利ざや(貸出金利と預金金利の差)が縮小し、収益力が低下。
また、預金金利がほぼゼロとなり、家計にとっては「お金を預けても増えない」時代が続きました。
日銀がマイナス金利を解除した理由
1. 物価上昇率と賃金上昇の定着
日銀は長らく「物価上昇率2%」を政策目標として掲げてきました。
2022年以降、エネルギー・食品価格の上昇をきっかけに、消費者物価指数(CPI)は2%を上回る水準が定着し、加えて、2024年以降は賃上げの動きが広がり、物価と賃金の好循環が見え始めました。
こうした状況から、日銀は「異次元緩和」から段階的に正常化へ移行する判断を下したとされています。
2. 金融市場の歪みの是正
長期の超低金利政策によって、国債市場では取引の活発さが失われ、価格がほとんど動かない「市場の硬直化」が生じていました。
市場が正常に機能しない状態では、国債の本来の価格形成メカニズムが働かず、金融政策の効果も伝わりにくくなります。
そこで日銀は、金利を市場の実態に近い水準に戻し、国債の取引が正常に行われる環境を整えようとしているのです。
金利が上がると、何が起きるのか
1. 企業の資金調達コストが上昇
まず最も直接的な影響は、「借入金の金利上昇」です。
これまで変動金利型の融資を利用していた会社では、返済額が上がる可能性があります。
たとえば、5,000万円を年利0.9%で借りていた場合、金利が1.5%に上昇すると、年間利息負担は約30万円増加します。
金利は小さな数字に見えても、資金繰りには大きな影響を及ぼします。
【ポイント】
- 金利が上昇する可能性がある場合には、まず自社の借入契約が「固定金利」か「変動金利」かを確認する。
- 今後の利上げリスクを見越し、長期固定への借り換えや、複数金融機関との交渉も検討する。
2. 消費・投資の冷え込みリスク
金利が上がると、住宅ローンや企業投資の負担も増加します。
その結果、個人消費や企業の設備投資が抑制され、景気の過熱を抑える働きを持ちます。
ただし、これは裏を返せば「景気が良くなった結果として金利が上がる」状況でもあるため、必ずしも悪影響だけとは限りません。
問題は、上昇スピードと企業の対応力にあるとされています。
3. 預金者にとってはプラス効果も
一方、預金金利が上昇すれば、家計や企業の「預金利息」はわずかに増えます。
長年ほぼゼロだった普通預金にも、数年ぶりにいくらかの利息がつくようになってきました。
これは、会社の余剰資金を短期運用するうえでもポジティブな変化です。
まだまだ利息金額としては少額であるといわれていますが、資金繰り表においても「利息収入」が実質的な収益要素となる可能性が高まります。
中小企業が今から備えるべき3つのポイント
① 資金繰り表を“金利変動対応型”に見直す
金利上昇局面では、「借入金利の変化」がキャッシュフローに与える影響を見える化することが重要です。
単に現金残高を管理するだけでなく、例えば、金利が0.5%上がった場合の年間利息負担増をシミュレーションしておきましょう。
このときに有効なのが、
資金繰り表は、「期首現金残高+(入金-支出)=月末現金残高」という考え方です。
この算式の中に、金利の上昇による支払利息の増減を“変動要素”として組み込むと、資金計画の精度が大きく高まります。
② 金融機関との“対話力”を高める
マイナス金利解除後の金融機関は、貸出金利を引き上げながらも、優良先への融資拡大を検討しています。
つまり、資金需要のある中小企業にとっては「交渉の余地」が広がっている状況ともいえます。
金利水準だけでなく、
- 担保・保証条件
- 返済期間の柔軟性
- 手数料・取引実績による優遇
といった点を含め、総合的な条件交渉を行うことが重要です。
③ “借入金に依存しない”内部資金体制を整える
金利上昇局面では、運転資金を借入に頼りすぎると返済負担が重くなります。
日常的に利益から資金を積み立て、内部留保を活用できる体制を整えることが、最も確実なリスク対策です。
中小企業の場合は、手元資金を安全に確保しながら、一時的な余裕資金を翌月以降の支払い準備や納税資金の積立に振り分けることも選択肢の一つとして検討する事が現実的です。
資金を「運用する」よりも「計画的に残す」意識が、金利上昇期の経営安定につながります。
今後の見通し:金利上昇は“緩やかな正常化”へ
日銀は今後も急激な利上げを行うとは考えにくく、「段階的な金融政策の正常化」が続く見通しです。
背景には、依然として景気の持続力に不透明感があり、賃金・物価の好循環を慎重に見極める姿勢があります。
したがって、
- 金利上昇=悪影響
と単純にとらえるのではなく、 - 金利正常化=経済が健全化しつつあるサイン
として捉えることが大切です。

まとめ
マイナス金利の解除は、日本経済にとって歴史的な転換点です。
これまで低金利だった時代が終わる方向となっており、企業は再び“金利リスク”と向き合う必要があります。
重要なのは、
- 借入条件を正確に把握し、今後の利上げに備えること
- 金融機関との関係構築にあたり、「互いに意見を出しあえる関係」を意識すること。
- 内部資金の蓄積と資金繰り表の精度を高めること
この3点を意識することで、金利上昇局面でも安定した経営に繋がります。
“金利が上がる”ことは決して恐れるべきことではありません。
むしろ、企業体質を強化し、経営を見直すチャンスでもあるのです。
≪免責事項≫
本記事は、2025年10月時点の公表情報をもとに、日銀や金融庁の資料等を参考に執筆しています。
記載内容は、分析手法や解釈の違いにより一部見解が異なる場合があります。
金融取引や融資に関する最終判断は、各金融機関や専門家にご相談のうえで行ってください。
本記事は一般的な情報提供を目的としており、投資や融資判断の結果を保証するものではありません。